長年の趣味であるオーディオを中心に,ジャズボーカルなどなどの音楽,読んだ本や日々の出来事についての雑感などを書いていきます。
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発見

 最近クラシック,特に交響曲をお勉強しているうちに,意外な発見が多い。つまり,初めて聞くはずなのに,既視感があることが多いのだ。今聞いているのは,大作曲家の有名曲ばかりだが,全部聞くのは初めてでも,その中の美しかったり,印象的な部分だけが,テレビ番組のBGMで使われていて,耳慣れている,ということが実に多いのである。
 逆にいえば,今までBGMとして聞いて,良い旋律だと思っても,誰の曲か分からないために,そのままになっていた曲が,誰の曲か分かり,意識して集めることもできるようになったわけだ。
 最近でいうと,ラフマニノフのVocalise(Op.34)などがそれである。

 交響曲は長いので,通勤の往復で計2曲聞くのが限界だ。途中で寝てしまうこともあるので,何回も聞かないと全容が把握できない。そして,何度も聞き込んでいるうちに,長い曲の中で,好きな楽章とか,間延びした楽章だとか,好き嫌いも出来てくる。また指揮者やオケの傾向も分かってくる。そうすると,他の指揮者やオケとの比較が面白くなってくる。

 結局,クラシック(特に大編成)は,曲×指揮者×オーケストラでバリエーションが膨大に発生するので,全部聞ききれないから,飽きにくいのではないだろうか。
 問題は,新しい交響曲が誕生していないことで(私が知らないだけで,実は名曲が日々誕生しているのかもしれないが,CDとしてヒットしなければ,それは消えていくだけだ。),古い曲をなぞっているだけでは,所詮は閉塞感から逃れられないことだ。前衛的な試みをせずに,新しい美しい曲,旋律は作れないのだろうか?天災天才が生まれなくなったのか?
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